ある夜、家族が寝静まった後に
仕事をしていました。
そこで、SNSを見ていたとき、
スティーブ・ジョブズの
「最後の言葉」とされる記事が流れてきました。
たしか以前にも一度バズって、
すごく拡散されたのを覚えています。

その記事の中身を読むと、
本当にいいことが書かれているんですよね。
耳障りが良いというか、
読んでいてポジティブな気持ちになります。
当時も「良いこと言うな」と
思った記憶があります。
感動的な「最後の言葉」は、嘘だった

でも、その後、
「最後の言葉」は実はフェイクニュースで、
全て嘘だったということが明らかになりました。
当時、私が勤めていた会社の人も
SNSで盛んにシェアしていたのですが、
「何かおかしいな」と思って調べてみたら、
やはり嘘だったんですね。
本当の最後の言葉は、
ニューヨークタイムスに掲載された、
「スティーブ・ジョブズの妹モナ・シンプソンの追悼文」
に書かれています。
SNSで流れてくる真偽不明のものよりも、
ニューヨーク・タイムズのほうが
信頼性はありますよね?(笑)
ご参考:
「スティーブ・ジョブズの妹モナ・シンプソンの追悼文」
https://www.nytimes.com/2011/10/30/opinion/mona-simpsons-eulogy-for-steve-jobs.html
この記事によると
スティーブ・ジョブズの最後の言葉は
「Oh wow. Oh wow. Oh wow」
だったそうです。
これは、感嘆したときに使う言葉みたいです。
で、興味深いのがもう一つ。
スティーブ・ジョブズの長女
リサ・ブレナン・ジョブズが出版した本
『Small Fry』
で暴露された、スティーブ・ジョブズの
最後の言葉は
「お前はトイレの匂いがする」
だったそうな。
いずれにしろ、ネットで拡散された、
美しく人の心を動かすような言葉は、
彼が実際に語ったものではなかったんですね。
嘘でも、人を励ましたなら価値はある

さて、今回この話題を取り上げたのは、
フェイクニュースはダメとか良いとか、
そういうことを言いたいわけではありません。
もう一段階、視点を上げて考えてみたいと思ったんです。
スティーブ・ジョブズの
「最後の言葉」とされる文章は、
中身を見ると本当に素晴らしいことが書かれています。
あれを読んで元気が出たり、
励まされたり、「よし、頑張ろう!」と
思えた人がいたのなら……
それはそれで一つの
「価値」があったのではないか、
と思うのです。
たとえ嘘だったとしても、
読んだ人が生きる活力になったり、
前向きな気持ちになれたりしたのであれば、
それは良いことだと私は思います。
問題は、その嘘の話を作った人の意図です。
ここは想像するしかないのですが、
フェイクニュースの
「スティーブ・ジョブズ最後の言葉」を作った人は、
もしかしたら、最初は
「億万長者の最後の言葉」みたいな感じで文章を書いたけれど、
「普通に投稿するだけでは広まらない」と考えたのかもしれません。
だから、誰もが知っている
「スティーブ・ジョブズ」の名前を使い、
「最後の言葉」とした。
「ある億万長者の最後の言葉」
でも良かったのかもしれませんが、
それだとバズらなかったでしょう。
さらに、フェくニュースの記事は、
ジョブズの病気でやつれた写真と
一緒に投稿されています。
そうすることで、より多くの人の目に
触れるようになりました。
もしかしたら、そのフェイクニュースを作った人は、
SNSから自分のサイトに誘導して
広告収入を得るのが目的だったのかもしれません。
アクセスが増えれば収入も増えますからね。
そう考えると、なんだか良くない話に見えてきます。
でも、もしかしたら、ただのスティーブ・ジョブズの
ファンで、彼を神格化するために作っただけなのかもしれません。
どこまでいっても憶測です。
事実として言えるのは、
もともと海外で作られたフェイクニュースが、
翻訳されて海を越え、日本で広まったということです。
そして、それを読んだ多くの人が、
嘘だと知らずに感動し、
「やっぱりスティーブ・ジョブズは違うな」
「スティーブ・ジョブズは良いこと言うな」
と感じたわけです。

それが悪いことか、というと、
一概には言えない気がします。
それを読んで元気になり、
頑張る気力が湧いてきたのなら、
それはそれで良いのではないかとも思うのです。
嘘か真実かより、何を受け取るか

結局何が言いたいかというと、
たとえフェイクでも「優しい嘘」ってありますよね。
例えば、小さなお子さんに、
事故で亡くなったお母さんのことを伝えるとき、
「遠くに旅行に行ってるんだよ」
「外国にお出かけしてるんだよ」と言うことがあります。
それは嘘ですが、子供のためを思って、
心の準備ができるようにという配慮ですよね。
全ての嘘が悪というわけではないと思うんです。
スティーブ・ジョブズの「最後の言葉」も、
名前や写真を無断で使った点は良くないですが、
内容自体がそこまで悪質だったかというと、そうでもない気がします。
そこまでしなければ、あれほど広まらなかった
という側面もあるのかもしれません。
この問題は、人によって答えが変わってくる、
明確な答えがないものですよね。
だからこそ、発信者や制作者の
「意図」が大切になってくるのだと思います。
一方で、この「最後の言葉」を
「嘘っぱちだ!信じるな!」
と激しく怒っている人もいます。

その気持ちも分かります。
ただ、私としては、
嘘か真実かという二元論だけでなく、
そしてフェイクニュースに対する
良い・悪いというジャッジをするのでもなく、
そのメッセージそのものから
何を受け取れるかを考えてみてもいいのではないか、
と思うのです。
フェイクだからダメ、本物だから良い、
というよりも、そのニュースやメッセージから、
自分は何を感じ、何を学ぶことができるのか。
そのように考えた方が、
より生きやすくなるのではないでしょうか。
情報をフラットに受け止め、
視点を少し上げて考えてみる。
そんな風に物事と向き合ってみるのも、
ときには大切なのかもしれないな、と思った次第です。
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情報をフラットに受け止め、視点を上げて考える材料を書いています。その続きの材料を、不定期でお送りしています。
実際の案件で起きたこと、うまくいかなかったこと、AIを使って分かったこと。ブログには書きにくい、もう少し内側の話です。
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